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私の日本家屋 | 高知県嶺北地方に建つ、築100年の古民家の暮らし(後編)

母屋の横に離れを新築し、お菓子のネットショップを運営

Chapter.06

ヒビノさんと夫の幸司さんは嶺北(れいほく)地方で暮らすにあたり、まず取り組むべきことを決めていた。それは“自分で仕事を作る”こと。田舎暮らしでたびたび挙がるのが就労問題。田舎ではなかなか希望する職に就けないという話を聞くが、ならば自分たちで仕事を作ろうと、地元の米粉や果実などを使った焼き菓子を販売するネットショップ『ぽっちり堂』を起業した。

地道に販売を続けていくうちに、工房を訪れてみたいという声が寄せられ、人気が急増。3年ほど経った頃、敷地内の蔵があった場所に離れを新築してカフェを開店させた。「外壁に高知県産の杉板を使用し、母屋と並んだ時に違和感を感じさせない建物に設計してもらいました」。その言葉の通り、その場所に元から母屋とセットで建っていたかのようにしっくりと馴染んでいる。

ヒビノさんは家族の居住空間である母屋に手を加えながら、カフェでゲストを迎える日々を過ごした。遠方から足を運び、日本家屋と自然が融合する空間で自分の時間を過ごしていくゲストも増えた。「けれど、山村の癒しスポットとして人気が高まる一方で、肉体面はハードで。その頃から田舎暮らしや表現力などをテーマにした講演の依頼が増えたこともあり、現在は、カフェはお休みしてネット販売だけに戻し、私自身は執筆や講演などの仕事を中心に活動しています」

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story_img1エントランス周りに洋風なデザインを取り入れた離れ
story_img2地元素材で作る「ぽっちり堂」の焼き菓子セット。ヒビノさんのイラストも愛らしく、贈り物に人気

ここでの暮らしが原動力となって新たな仕事をつないだ

Chapter.07

現在、離れの1階は『ぽっちり堂』のお菓子作りの工房、2階はヒビノさんのアトリエとして活用している。ヒビノさんは毎朝、母屋で朝食をとり、職場と学校へ向かう夫と子どもを送り出してから母屋の広間などで抹茶を点てて一服し、その後、アトリエに移ってブログなどで発表している4コマ新聞の制作や講演の準備などを行いながら1日を過ごす。

アトリエを覗くと、スケッチブックに向かうヒビノさんの姿が見えた。BGMはなく、小川のせせらぎだけが聴こえ、静けさに包まれている。庭には日本家屋を彩るように山野草が咲き、時折、庭先に出て摘んだ花を花器に生けたりしながら息抜きを楽しんでいる。「ここで暮らし、仕事をしているといろいろなイメージが膨らみ、アイデアが生まれます。そして、この日本家屋で暮らし始めてから、田舎暮らし、移住、ライフスタイル、文章に関する表現力など多岐にわたるテーマで講演を依頼されることが増えました。この家での暮らしが私の生きる原動力になっています」と笑顔を見せる。

story_img3「ぽっちり堂」のクッキーやパウンドケーキなどを制作する1階のお菓子工房
story_img4吹き抜けの階段を上り2階に上がるとヒビノさんのアトリエ
story_img5愛用のクーピーペンシルで描くイラスト。日々の出来事を綴った四コマ漫画を制作し、ブログなどで発表している

今暮らす日本家屋を通して受け継ぐことの大切さ、素晴らしさを伝授

Chapter.08

また、日本家屋での暮らしは家族にも良い影響を与えているとヒビノさんは実感している。赤ちゃんの頃からこの家に暮らす息子の草生太くんは、成長するにつれて物を大事にすることを覚えたという。「保育園の頃は友だちに“おまえの家は古すぎる”と言われてへこんでいましたが、この家はご先祖様から受け継いだ大切な家なんだよ、築100年の家って全国的にも珍しくて貴重なんだよ、と話して伝えました。また、テレビで古民家の特集番組を観たのをきっかけに“俺の家ってすごいんだ”と自信を持てたようで、それからはポジティブに捉えて、この家で過ごす時間に想いを寄せながら暮らしているのが伝わってきます」

ひと昔前までこの嶺北地方にも古い日本家屋が多く存在したが、現在は新しい家に建て替えられ、ほとんど見かけなくなった。築100年という歴史を刻むこの家は、ここで暮らした先祖の思い出だけでなく、失われつつある日本の山村の暮らしを刻む日本の宝ともいえる存在。そこに息を吹き込み、大切に育てながら受け継いでいくことの意義と素晴らしさを草生太くんは少しずつ理解し始めているのかもしれない。

story_img6母屋の欄間の彫り物。当時の大工が、慣れないながらも要望に合わせて一生懸命に彫ったものなのか、素朴な味わいがある
story_img7母屋の広間で作家ものの茶碗で抹茶を点てるヒビノさん
story_img8花鋏を手に庭を散歩しながら野花を採取。「山自体が敷地なので花はほとんど買いません」

日本家屋の家具のコーディネートは、足すより引き算がコツ

Chapter.09

母屋と離れで目を見張るのが、空間にすっと馴染むようにコーディネートされたインテリア。家具や照明は、京都時代に骨董品店でヒビノさんがコツコツと集めたもの。「特にランプが好きでたくさん持っていましたが、前に住んでいた家では付ける場所が少なくて日の目を見る機会がなかったんです。この家ではいっぱい付けられるからうれしいですね」。その中でもひと際、存在感を放つのが玄関を上がった先に置かれた水屋箪笥。実はこれ、ヒビノさんの嫁入り道具なのだとか。「両親にこれが欲しいと言ったら驚いていました(笑)。日本家屋と古い家具はとても相性が良いですが、シンプルなデザインの新しい家具ともよく合います。我が家もソファやベッド、学習机などは新しいもので揃えましたが、違和感なく空間に溶け込んでいます」。また、部屋を見渡して気づくのが、物の少なさ。ヒビノさんいわく、日本家屋の場合、足し算ではなく引き算で部屋に家具をコーディネートするのがコツとのこと。「日本家屋の持つ表情自体が美しいので、物はあまり置かずにすっきりとさせた方が空間を美しく見せられると思います」

story_img9夫・幸司さんが手に入れた八角時計とヒビノさんお気に入りのランプ
story_img10古い足踏みミシンに庭先で摘んだ花をさり気なく飾って

先祖の記憶とともに思い出を重ねて育てて行く日本家屋

Chapter.10

最後に古い日本家屋に暮らす喜びについて伺った。ヒビノさんは「正直、これまでかかった家の修繕費とこれからかかるだろう費用をあわせると家が1軒建つくらいのお金がかかりますね」と告白。けれど、それだけの費用をかけてもこの家に住みたいと思ったのは、「古い日本家屋が好きだったからに尽きる」と語る。「昼下がりに障子越しに漏れる光と出合ったりすると、その美しさに胸打たれて幸せな気持ちに包まれます。また、空気の流れも関係していると思いますが、日本家屋は外に向けて広く開け放たれている感覚があり、暮らしていて気持ちよさを感じます。室内の延長に庭があり、さらにその先にある山や空、自然を感じることができます」。そう語る間も、部屋の中に小川のせせらぎが届き、秋を告げる紅葉が窓ガラスを染めていた。

憧れだった日本家屋での暮らし。最初は苦労もあったが、それ以上に、喜びをもたらしてくれている。これで完璧というゴールはまだ見えないが、手を加えるごとに生き生きと息を吹き返し、家を育てて行く感覚もまた古い日本家屋に暮らす面白さだとヒビノさんは笑う。先祖が暮らした記憶を刻み、新しい家族の思い出を重ねながら、50年、100年先にも残るよう命を吹き込んでいく。

story_img11室内から見える玄関先の景色。まるで山と空が地続きでつながっているかのよう
story_img12冬場は網戸を外し、窓いっぱいに広がる景色を楽しむ

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