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天守閣の住み心地 | 天守閣の住み心地 vol.2

かつて日本に築かれた城の多くが、立派な「天守閣」を有している。

巨大な天守閣にはいかにも「権力の中枢」、「お殿様の居場所」といったイメージがあるが、実際に天守閣に暮らした城主はほとんどいないのだという。それどころか、平時における天守閣はこれといった使い道がなく、巨大な「物置」と化してしまうことも多かったのだそうだ。ロフトを使いこなせずいつの間にか物置になっちゃうことはよくあるが、天守閣もそうだったのか。

しかし、唯一の例外として安土城天守閣に暮らした織田信長の例がある。前回の記事では、識者への聞き込みや関連文献をもとに、その「住み心地」を検証した。

また、実際に城主が住んだという記録はないものの、天守群に台所や厠(トイレ)、広間などがあり、居住に耐えうる、つまり「住もうと思えば住める」レベルの設備を有していたのが「姫路城」の天守閣である。

というわけで、今回は「姫路城天守閣の住み心地」を検証してみたい。

■将軍の籠城計画もあった姫路城天守閣

上沼恵美子はかつて「実家は大阪城」と言い放った。豪儀な話である。成功者のゴールはお城に、それも天守閣に住むことなのかもしれない。

▲そんなことを考えながら、やってきたのは兵庫県姫路市

姫路城の最寄り駅は姫路駅。駅を出ると、正面にどーんと大天守閣がそびえている。江戸時代初期に建てられた当時の姿を、現在も仰ぎ見ることができる。

▲お話を伺うのは、姫路市立城郭研究室・学芸員の工藤茂博さん

姫路城に着くと、姫路市立城郭研究室・学芸員の工藤茂博さんが出迎えてくれた。1980年代から姫路城の研究に携わっている。

「取材はお受けします。が、非常に難しい問いです」

天守閣の住み心地について教えてください。事前にそうメールで打診したところ、上記のような返信があった。この道30年のベテラン研究者を困惑させてしまうほどの難問、いや、とんちんかんな「珍問」だったのだろう。

工藤さん「ご存じの通り、天守閣は人を住むことを前提に作られたものではありません。戦国時代から江戸時代にかけて築かれた立派な天守閣は、城主の権威を内外にアピールするためのものでした。ですから、世の中が安定したら使い道がなく、燃えたり壊れたりしてもそのままです。姫路城も、普段は“大きな倉庫”として使用されていたと考えられます」

▲ずいぶんと贅沢な倉庫があったもんである

しかし……と工藤さんは続ける。

工藤さん「姫路城天守閣の地下には合計9カ所の厠(トイレ)があり、また、天守群の中に台所が組み込まれています。これは、他の城にはあまり見られない特徴です。これはやはり、合戦の際に“籠城”することをある程度想定したものではないかと思います」

つまり、天主閣に寝泊まりすることは可能だと?

工藤さん「そうですね。姫路城は一度も攻め込まれたことがないため、実際に籠城に使われた記録は残っていません。しかし、じつは第二次長州戦争の際に徳川家茂が姫路城に来る計画がありました。その際、有事の際の将軍の避難先として、天守閣の二重目(2階)が検討されていたとの記録も残っています」

結局、将軍の姫路入りは実現しなかったというが、もしかしたら当時の最高権力者が暮らしていたかもしれない姫路城天守閣。いったいどんな構造、間取り、設備になっているのだろうか? 「住む」という視点から、内部をチェックしてみよう。

▲天守群の全体図。大天守と3基の小天守が連結している

■地階は水回りと倉庫

姫路城の天守閣は地下1階、地上6階の大天守に3基の小天守(東小天守、乾小天守、西小天守)が付属している。美しい白亜の天守群は「白鷺城」とも称される。

▲大天守の外観は5層だが、内部は7階で構成されている

まずは大天守を下から見て行こう。まず、地階には厠や流し台といった、いわゆる「水回り」が集中している。また、流し台脇の扉は中庭の台所に通じていて、“家事の導線”という観点からも、なかなか使い勝手のいい配置であると思う。

▲広々と使いやすそうな流し台

▲流し台横の扉は台所へと続く

▲こちらは厠。内部には、備前焼の大かめが便槽として据えられている

▲地階と1階の階段部分にはフタがある。敵の侵入を防ぎ、かつ、立ち昇るトイレのニオイもブロックできる

なお、地階は「穴蔵」、つまり倉庫としての利用を想定しているため、あまり光が入らずどんより暗い。また、トイレのニオイもこもりやすいため、ここで寝泊まりするのは少々辛い。ちなみに、台所を中庭に独立させているのは、食材にトイレのニオイが移らないようにするためかもしれない。

▲天守群に井戸はなく、水を確保するのに難儀したのではないかと工藤さん

■1階、2階には50畳超えの大広間が

「仮に暮らすとしたら、1階もしくは2階でしょうね。将軍の避難先として想定されていたのもここです。普段はここをリビング的に使い、寝起きもここでするのが現実的ではないでしょうか」

そう工藤さんが言うように、1階と2階は広く開放的。格子窓の上にもうひとつ高窓があり、光がよく入って明るい。高窓は火縄銃の煙だしのためのものだが、それが結果的に住まいとしての採光性にも役立っているようだ。風通しもよく、夏は特に過ごしやすそう(ただし、「冬は地獄の寒さですけどね」と工藤さん)。

▲1階平面図。2階もほぼ同じつくり

間取りは54畳の大広間と蔵仕様の3部屋があり、大人数での籠城や大量の食糧の備蓄にも対応できるつくりである。なお、大広間には畳が敷かれていたという説もある。時の武者たちも、この大広間で雑魚寝したのだろうか。部活の合宿みたいで楽しそうではないか。

▲2階の大広間。ドッジボールもできちゃう広さ

細かくいくつもの部屋に分かれていたとされる前回の安土城に対し、姫路城の天守閣はご覧の通りオープンな間取りである。部屋数を絞ってリビングを大きくとる、昨今の間取りのトレンドにも合致している。

なお、部屋数が少ないため、建物を支えるのは壁ではなく、西と東にある立派な大柱だ。また、天井に張り巡らされた梁もぶっとく、じつに頼もしい。

▲重厚な梁

考えてみれば、築400年なのである。幾度か耐震補強が施されているとはいえ、これほど巨大な木造建築が今も普通に残っていること自体が驚きだ。やはり、よほど頑強なのだろうか?

工藤さん「建物自体が頑強なのかどうかはわかりませんが、この土地は地盤がしっかりしているため、自然災害に強いことは確かだと思います。幕末の日本列島に甚大な被害をもたらした安政の大地震の際も、姫路城の天守閣はほとんどダメージを受けませんでしたから」

■宮本武蔵の幽閉部屋もある3階は、楽しい仕掛けがいっぱい

続いて3階へ。

▲3階平面図。「内室」は現在でいうクローゼットとして、武具などが収められていた。ウォークインどころか、走れるくらいの広さで収納力もすごそう

▲3階全景

3階は大広間1室だけのスペースだが、やや複雑な造りになっている。武者隠しと呼ばれる隠し小部屋があったり、踊り場付きの折り返し階段や中二階があったりする。

これらは武者が身を潜めつつ不意打ち攻撃を仕掛けるための構造らしいが、平時であれば子どもの絶好の遊び場になるだろう。武者隠しでかくれんぼをしたり、中二階で秘密基地ごっごもできる。踊り場はキッズスペースとしても、あるいはお父さんお母さんの書斎としても重宝しそうだ。姫路城は意外とファミリー向け物件なのかもしれない。

▲武者隠し。武者を隠さないときは収納として使えそう

▲子どもが喜びそうな踊り場

▲書斎にしたい中二階

ちなみに、折り返し階段の下には、何やら厚い板で覆われた隠し部屋もある。ここは・・・?

▲厚さ6㎝の板で囲われた堅牢な小部屋

じつはここ、吉川英治の小説『宮本武蔵』で、武蔵が3年間幽閉されていたとされる部屋なのだそうだ。内部は非公開だが、奥行4.8m、高さ2.7mの狭いスペースで窓もなく、「本当にあんなところに幽閉されていたとしたら、気が狂うでしょうね」と工藤さん。

▲江戸時代の鍵が今も残っている。外から施錠でき、幽閉にはもってこい

■殿様仕様の豪華な最上階

4階は間仕切りがいっさいないためプライバシーが確保できず、5階は屋根裏なので暗い。いずれも居住用にはあまり向かなそうだ。というわけで、一気に最上階の6階へ。

▲4階は東西9間(約16.2m)、南北6間(約10.8m)の大広間。5階は屋根裏

▲6階平面図。部屋の一角に長壁神社がある

最上階は、これまでのフロアと雰囲気がだいぶ異なる。建具は書院風で、釘隠しもしっかりと施されている。ここだけが急に家っぽいというか、華やかな造りになっているのだ。

▲金箔が施された、豪華な釘隠し(画像出典:https://castle-himeji.com/

▲ちなみに、こちらは小天守の長押。釘がまるだしである。お殿様が来ないところは、やや雑でもオッケーだったのか

工藤さん「基本的に最上階は、城主と許可を得た一部の者しか立ち入ることができませんでした。ここから姫路平野を眺めるのは、支配者の特権でしたからね。そのため、城主が長くとどまる場所である6階は、やや豪華な造りになっているのだと考えられます」

▲もちろん今は支配者以外も入り放題なのでめちゃくちゃ人がいる

▲かつて殿様も眺めたであろう風景。よき眺め

6階は四方に窓があって明るく、眺望も最高。広さもほどよく快適で内装も豪華。居住空間として申し分ないが、唯一の難点はトイレが遠いことだろう。尿意の度に、地階のトイレまで駆け降りなければならない。眺望と引き換えに、常におもらしへのリスクを抱えることになってしまう。

■まとめ

というわけで、「住まい」という観点で見た姫路城天守閣の印象はというと…

「意外と悪くない」

である。改めて、分かったことをまとめてみよう。

●築400年だが、堅牢な造り、かつ、強固な地盤で地震に強い
●地下には9カ所のトイレ、流しなどの水回り設備があった
●中庭には台所があった。天守群に台所があるのは珍しい(というか、たぶん他にない)
●流しから台所への家事導線もバッチリ
●1階と2階は採光や風通しがよく、特に夏は快適に過ごせる(でも冬は地獄)
●1階と2階には50畳以上の大広間があり、畳が敷かれていたという説も
●楽しい仕掛け満載の3階はキッズスペース代わりに
●殿様しか入れない最上階(6階)は、内装が豪華
●眺望もよく、城下町や姫路平野、瀬戸内海まで見渡せる
●でもトイレが遠いのでおもらし必至

地震に強く、トイレが9個もあって絶対に家族とかぶらず、使い勝手のいい台所を完備。50畳超えのリビングが2つあり、子どもの遊び場もあって、最上階からの景色は最高。

うん、悪くない。悪くないどころか、ぜひとも住みたい。いつか、天主閣で「籠城体験イベント」とかやってくれないかなあ……。

【取材協力】姫路市立城郭研究室

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