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ハワイに住む | ハワイでの生活、海外移住

楽園ハワイへ移り住んでから19年。今では毎日のように虹を見ながら、ホノルルの街を見下ろす夢のような丘の上で、優しくてハンサムな夫やかわいい息子達と幸せに暮らしています。しかし山あり谷ありと、かなり遠回りして掴んだ私のハワイライフ。
ハワイに移住したのは25歳の時ですが、私の移住生活は18歳の時から始まりました。

 

将来やりたいことが決まっていないのに、大学へ進学する意味があるのだろうか?と疑問に思った私は、高校卒業後に語学留学のため、ニュージーランドへ渡りました。
しばらくして日本から出向してくる人達と仕事をするようになった時、自分の無知さを痛感。そこで大学へ行きたい!との気持ちが沸き、日本へ帰国。
後に外資企業に就職し留学資金を貯め始めました。

日本でなく海外を選んだ理由は、私は、白黒ハッキリ、グレーゾーンがなく物事を率直に言ってしまう性格なので、海外の方が自分を伸ばせると思ったこと、また英語で何かを勉強したかったこと、そしてセカンドチャンスを与えてくれるのは海外であったからです。

OL時には13年も入退院を続けた父が亡くなり、優しくできなかったことに毎日反省して暗い日々を送っていました。そんな時に出会ったのが、無我夢中になれるサーフィン、これでプロになりたい!とまで思うようになりました。

 

やがて留学資金が貯まった頃、私が思い描く人生のテーマは3つありました。
「勉強」「サーフィン」「多文化環境」の3つです。

思いっきり勉強をした後でもサーフィンができる波があり、国境も言葉の壁も感じない場所へ住みたいとの思いから、私が留学先として選んだ国はハワイでした。

 

よく人から「どうやったらハワイに住めるの?」と聞かれますが、まずはハワイで何をしたいかを明らかにしましょう。

■ハワイへの留学

まずTOEFLを取得し、ハワイのファーマーズマーケットでお馴染みのKCC(カピオラニ短期大学)のIT学部へ入学しました。

大学準備のための英語コースから始め、勉強しているうちにやりたいことが変わり、本科プログラムへ進む時には一般教養へ学部変更し、首席で卒業しました。アメリカでは学部変更が簡単にできるので、興味が変わっても常に好きなことが勉強でき、学ぶことがとても楽しくなります。

留学中、勉強以外で心配になるのはお金の面です。
通常は学生ビザでは就労することが禁じられていますが、大学留学の場合にはキャンパス内でのアルバイトや、CPTやOPTと呼ばれる企業研修制度を通して働くことができるので、生活費の足しになります。

 

短期大学卒業後はハワイ大学へ編入しました。ハワイ大学はマンモス校なので学部の数が多く、取りたい授業が沢山あって迷っていた時、3学部を混合して独自の専攻を作れるInterdisciplinary Studies(学際的研究部)という学部を見つけました。

そこで翻訳・通訳学部、ビジネス学部、そしてコミュニケーション学部から取りたい授業を選び、国際ビジネスコミュニケーション学部を作りました。
好きな学部が作れるのも、アメリカの大学のいいところですね。

 

在学中はCPTを利用して翻訳や通訳の仕事を多く受けたり、教授の経営するお店で販売員としての経験を積ませてもらったりしました。

またサーフィンのコンテストに参戦し始めて、ハワイ州アマチュア選手権を3年連続で優勝、プロサーファーとして賞金や商品開発の印税を稼げるようになりました。

卒業後はOPTを利用し、サーフィンのスポンサーをしてくれていたスイムウェアブランドに1年ほど勤務、在庫管理からマーケティング、デザインに関わっただけでなく、日本への販売も担当しました。

■ハワイで就職

大学卒業してOPTが終わると、アメリカから出国しなくてはなりません。
約7年に続いたハワイ生活に終止符を打とうとした時、働いていたスイムウェアブランドの旗艦店を立ち上げたいという話が舞い込んできました。

最初は従業員もおらず、自分一人で改装からマーチャンダイジング、システム構築までを担当していたので、毎日寝る時間もないほど忙しい日々が続きました。また給与の大部分がコミッション制であったので、開店までは学生時代よりもずっと収入が低くとても辛かったです。けれどお店を開くことは数年の目標であったのでやり甲斐はありました。

OPTが切れるところで、延滞するためにはビザを切り替える必要があります。
この時に私が選んだのは、Oビザと呼ばれる卓越能力者ビザ。当時の基準では、卓越した能力の分野においてノーベル賞のような国際的に認知度の高い賞を受賞している人が対象とされ、とてもハードルの高いビザでした。

しかしCPTやOPT中の企業への貢献やプロサーファーとしての活動が認められ、「サーフィンを通したPRマーケティング」という独自の分野でOビザが取れて、ハワイで就労するようになりました。

生活が安定したのも束の間。お店が軌道にのった途端、突然解雇されてしまいました。
会社設立初年から携わったスイムウェアブランドとのお別れは、まるで育て上げた赤子を取り上げられるようショックでした。

しかしここでの悲しさと悔しさをバネに大学院へ戻り、エグゼクティブMBAを取得しました。

■ハワイで出産

大学院を卒業する頃には35歳、ハワイに来てから10年が経っていました。
次は子供に恵まれたいと思っていたものの、ダメンズばかりに惹かれ男運のなかった私には無縁の話でした。

ある日短期大学時代の同級生に再会し、結婚はタイミングと聞いていたのでこの人が結婚相手かもしれないと思いお付き合いしたものの、一ヶ月後にはお別れ。しかしその後に妊娠していると気付き、一人で妊娠・出産に挑むことになりました。

未婚だったので分娩室に同級生7人が集まってくれました

ビザや金銭的問題をクリアしながら過ごした10年間の経験があったおかげで、海外で未婚のまま出産をすることに不安はあまりありませんでした。しかし、問題はありました。健康保険料です。

医療費が高いアメリカでは健康保険料も高く、雇用主や教育機関からのプランを持たないと月々5万円程かかります。よって大学院をあえて留年し健康保険を確保し、出産に挑みました。

■ハワイで裁判

出産を終えてからはOPTで1年滞在し、今度こそ日本に帰国しようと思った時、親権を巡る家庭裁判が始まりました。

ビザが切れる旨を家庭裁判所に告げましたが出国を禁じられてしまい、Bビザという短期商用・観光ビザへの書き換えを申請しました。どの弁護士からも学生ビザからこのビザへの書き換えは不可能だと言われましたが、予想に反し受理されました。何がおこるかわからないものです。そこからも延長は1年までと決まっていますが、特別な理由があったことでそれ以上に延長できました。結局裁判は6年も続き、去年ようやく終わりました。

■ハワイで結婚

裁判が続いている間は、身動きの取れない苦しい生活が続きました。しかしその一方で息子を自分の子供のようにかわいがってくれる主人と会い、ついに永住権を獲得。ようやくハワイで制限のない環境に恵まれ、ようやく普通の生活が送れるようになりました。

今では次男が産まれ、4人で幸せな生活を送っています。

■ハワイ移住のチャレンジ

ハワイに住む際、最初の難関はビザの問題でした。まずビザがないと働けない、そして収入源がないというのが一番問題です。

ビザが取れたところで、次の問題は就労の制限があること。雇用主をそう簡単に変えることができず、また物価の高いハワイでは仕事を掛け持ちする人が多い中、ビザ所有者は複数の仕事に就けない。さらには雇用主がビザのスポンサーなので、低賃金で過度の労働を強いられるというケースも多いです。

そして次の難関は家探し。物価が高く、不動産が高騰しているハワイではともかく家賃が高い。私の住むホノルル市内では、ワンルームアパートで15万円程度はします。
一番コストの低いルームシェアでも10万円ほどし、ルームメイトとのトラブルも多く聞きます。

日本人以外のルームメイトと住むと、バスルームやキッチンなどの共有スペースが汚いですとか、騒音がうるさいなどの問題が多く、日本人と住んだら家の中での会話が日本語になってしまい、言語だけでなく文化の勉強にならないという面もあります。

 

仕事や家が安定したところで、次はコミュニティーの問題があります。
島の逆側まで1時間で行けてしまうオアフ島のコミュニティーは狭く、噂をよく耳にします。
言っていないことややっていないことが事実とされたり、自分の批判も聞こえてきたりするほどで、都心出身の私はどう対応したら良いのかわからなく、最初は悩まされました。

 

さらに日本人コミュニティーはより小さく、その伝達力は倍速であり仕事にまで影響を及ぼすことがあります。

■ハワイの魅力

そんなに厳しい状況の中でもハワイに住み続けている理由は、ハワイという自然と街が調和した美しい島に住めることだけでなく、当初の3つの目的、「勉強」「サーフィン」「多文化環境」がバランス良く成立し、自分の描き続けるライフスタイルを叶えてくれる場所だからです。

また、ハワイはあらゆる階層の人々が集合する場所で、成功を収めた人たちが隠居する場所でもあります。超有名企業のCEOが短パンTシャツで歩き、そのような人たちが教育機関で教育し、街で会って親身になって経験談やアドバイスを話してくれたりします。
私も世界的に有名なサーフィンコーチに師事したり、クオリティの高い教育を受けたりすることができました。

今では朝5時に起きて海へ向かい、7時には家に戻り主人と子供達を送り出して1日が始まります。仕事には子供を連れて行けたり、仕事が終わって波が良ければまた海へ入れたりと、時間を有意義に使うことができます。

そして様々な文化が混ざった環境にはアロハが満ち溢れ、毎日楽しく暮らせています。

 

■海外移住のアドバイス

これからハワイだけでなく海外移住を考えている方へのアドバイス

●語学と専門知識を高めること
英語を学ぶより、英語で学ぶ
●文化の違いに対応すること
意見・自信・率直性を持つこと
●ライフスタイルを描く
自分らしく生きる

この3点を理解することで海外移住へのチャンスが高まります。

まず英語を勉強すること。英語がわからないと情報量や機会が限られます。

英語を学ぶ際、日本人の多くは流暢な英語を話すことに努めますが、発音よりもまず海外生活で必要なのは理解力、そして話す内容です。

英語をきれいに話す無知の人より、発音が悪くても深い内容を話している人のほうが、海外では必要とされます。そのためには専門知識を高めることが必要で、英語を学ぶのではなく、英語で何かを学ぶことで仕事の機会も増えます。

そして文化の違いを理解し、対応すること。私が留学してまず苦しんだのが意見を聞かれた時です。情報を暗記する日本の教育と違って、アメリカの大学では自分の見解を説明するように求められます。

そして遠回しに説明していくのが日本の文化ですが、アメリカでは「Short & Sweet」と言うように、単刀直入で簡潔に伝えないと聞く耳を持ってもらえません。また一番大事なのは、自信を持つこと。自信がない人は甘く見られ、特に仕事が限られてしまう場合もあります。

最後は、「海外でどういう生活をしたいか」というライフスタイルを描くこと。自分らしく生きられればどんなチャレンジも楽しく、自分の潜在能力を高められ、さらに海外での生活が意味のあるものとなると思います。

Good luck to all!

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